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5月23日(木)
一般質問の準備は、現在、再質問の答弁をいただき、それについての再々質問の原稿を送ったところです。

来週の29日が、再質問の提出期限ですので、日程的に、いま提出してある質問の答弁をいただき、さらにもう一度、再質問を出せるくらいの感じです。

他の議員のみなさんは、どんな感じで進んでいるのかは、全く存じ上げませんが、私はそのような状況です。

今回は、12人もの議員が一般質問を行いますので、複数の議員からの質問が集中してしまった部署は、ちょっとパニックのようになっているのかも?

前にも説明しましたが、これまでの富岡市議会では、一般質問は本会議の最終日前の二日間で行ってきました。

なので、定例会が始まってから、一般質問のやり取りを当局と行いましたが、今回は開会日の翌日と翌々日の二日間で行いますので、この6月定例会からは、開会日には一般質問原稿のすり合わせが出来上がっている感じになりそうです。

ただ、このやり方に変更したことが良かったのか悪かったのかは、いまのところ判断がつきません。

ところで、私は3番くじを引きましたので、6月4日午前中に順番が来る可能性が高そうです。

1番、2番の1期議員のお二人は、それぞれ1件ずつの質問ですので、そう長くは時間を使わないと思われますので。





 悵譽竜椶里△訃貊蠅痢△里衞未ら水が流れ出ています』との情報を、本日メールでいただきました。

昼過ぎ、現地に確認に行きましたら、ちょうど3人の市の職員さんがおられ、話をしましたら、市の水道局にも連絡が来て、早速駆け付けたとのことでした。

水道管の破損が原因だったとのことで、修繕も終えたところで、『もう水については大丈夫です』とのお話でした。

大変迅速な対応をしていただき、ありがとうございました。



5月22日(水)
.好院璽肇棔璽疋僉璽と新野球場の整備計画が中止になったことで、今日、複数の市民の方からご意見をメールでいただきました。

ちょうど6月定例会の一般質問で、財政のことを取り上げていますので、詳しくは後日行う質問の中で、市長に説明を求めたいと思います。

ただ、新年度が始まったばかりで、目玉的な特徴のある事業が見直されたことに対して、『市の予算編成には慎重さが欠けているのではないか』という疑問のご意見がありました。

このようなことになる前に、なぜもっと緊張感を持って予算を組まなかったのか疑問に思えます。

また、賛成した議員のみなさんも、しぶしぶ賛成したのに、市長がいきなり中止を発表したのでは、非常にばつが悪いようなことになってしまったのでは?

でも、結論を言えば、新野球場の整備には、これからいくらかかるのか全くわからないという恐ろしい状況でしたので、中止になったことは富岡市の財政にとっては、大きなメリットがあったのではないでしょうか。

野球場の計画地は額部地区の10m近い高低差がある荒れた土地でしたが、そもそもなぜ、巨額な造成費が必要な土地での整備を決めたのか、不透明なものを感じます。

3万平方メートルの面積を、平らにするだけでも、目が飛び出るような予算が必要だったのかもしれません。

予算編成権を持つ市長が、ご自分の判断で決めたのですから、それは仕方ないことではありますが、もう少し合理的な考え方をしてもらいたいものです。

公共事業としての恩恵を受ける市民や業者はおられるのでしょうが、納税者の側から考えれば、まさに『無駄の塊』といえるような進め方かと思えます。

ただ、昨日の議員全員協議会での説明では、どちらの事業も『一旦中止する』という表現だったと記憶しておりますので、もしかすると、どこかのタイミングで復活するような危険性もあります。

そのようなことにはならぬよう、6月定例会の一般質問で、この問題を深く追求したいと思います。



5月21日(火)
■況酊衫祺颪琉貳娘遡笋離螢好箸本日発表されました。

質問するのは12人です。



質問しない議員は6人ですが、しない議員さんのほうが少数派で目立ってしまうというのは、これまでの富岡市議会ではなかったことです。

一般質問は、議員としては最低限やるべき議員活動と私は考えております。

なので、私は、毎回行います。

やらない議員は、私からすると、最低限すべき活動を怠けているように見えるのですが?

あくまでも個人の感想ですが…




〆Fは、とてつもない朗報がありました。

本日開催された議員全員協議会で、榎本市長がスケートボードパークと新野球場の建設を、一旦中止すると発表しました。

多数の市民のみなさんから疑問や反対の声が上がり始めたことが、市長の方針変更につながったのではないでしょうか。

今年度予算は、富岡市の歴史の中で最悪の予算で、このままでは富岡市が財政危機を迎えてしまうと、私は大きな懸念を抱いてきました。

それについては、先日1万5千枚弱ポスティングした『市議会だより第78号』にも記しましたが、その影響もあったのかもしれません。

市長とすれば、市民に知られないうちに整備を進めたいというお気持ちがあったのかもしれませんが、財政難の中、多額の財政調整基金を取り崩して、必要性の低い大型施設整備に予算を回すことが広く知られてしまったため、次の選挙も視野に入ったのかもしれませんが、中止したほうがよいと判断したというところではないでしょうか。

予算案の採決では、賛成9、反対8という僅差で、予算は可決されてしまい、健全財政重視派の議員は愕然としましたが、市民のみなさんの疑問、反対の声が最終的に市政を健全な方向に進めたということと思います。

それにしても、賛成した議員は、市長が一旦中止すると述べた時、『なぜ中止するのですか? 進めるべきです』と、9人のうちの1人や2人は意見を述べるかと思えましたが、だれも何も言いませんでした。

賛成した議員も、心の中では本当は反対だったけれど、大人の事情で賛成しなければならなかったということなのかもしれません。

でも、議員として、そのような姿勢はいかがなものかと思えますが?

賛否が分かれた予算の採決で、各議員の姿勢がはっきりと見えたような気がします。

筋を通せる人と通せない人、健全財政を重視する人と重視しない人、合理的に考えることができる人と合理的に考えない人など、しっかり分かった感じです。

こうなりますと、予算に反対した8人の議員のほうが、ちゃんと判断し活動している議員と見てもよろしいかと思います。

大人の事情で右往左往するような人もおられるように見えますが、そういう人は、そういう人ですので、これからもおそらく、そういう人のままなのでは?



5月20日(月)
¬斉、議員全員協議会が開かれますが、会議内容の予定を見ましたら、『むむむむっ!』と思えるようなものが目につきました。

会議で説明を聞いてからでないと、触れることができませんが、もしかするとかなりのインパクトがある展開になるのかも?

明日の夜には、その内容の詳細を、こちらで紹介できるかと思います。

悲報なのか朗報なのかは何ともわかりませんが、後者であることを期待しましょう。





〆F、片付けをしていましたら、50年ちょっと前の、一ノ宮小学校の卒業文集が出てきました。



私たちの学年は、昭和45年の大阪万博のときに6年生で、46年の3月に卒業しました。

西暦ですと1971年の卒です。

同級生の人数は70人でした。

当時、この文集は興味が持てず、全く読みませんでした。

なので、53年経って、始めて同級生の作文を読んだような次第ですが、なかなかの傑作ぞろいで、すごーく面白く読めました。

また、文才がある同級生がとても多く驚きました。

数年前に他界された担任の先生の文章も読ませてもらいましたが、教え子を思いやる気持ちがあふれている文章で心を打たれました。

ところで、最近は断捨離ブームで、不要なモノや使わないものは、どんどん捨てましょうという傾向が強い時代になりました。

でも、捨てても買い直すことができるものなら、それでもいいのでしょうが、昔の品で捨てたら二度と手元に戻すことができないようなモノは、捨てないほうがいいように思えます。

人間の記憶は、何かのきっかけになる物事がなければ、蘇らないように思えます。

なので、普段使わないような品物でも、それが自分の過去の記憶を思い出す『とっかかり』になる可能性がありますので、管理に手間やお金がかかるもの以外なら、絶対に残しておいた方が自分の人生の晩年を充実させることにつながるのではないでしょうか?

昔の楽しかった頃を思い出させてくれる品があれば、認知機能の維持にも良い効果があるように思えます。

なんでも片っ端、使わないものを捨ててしまったら、家の中はスッキリしますが、自分の思い出もスッキリなくなってしまう可能性がありますので、買い直しができないものは、残しておいたほうがよろしいのかも?


5月19日(日)
∈廼瓠▲ぅ戰鵐箸濃毀韻諒からよく声をかけていただきます。

そのほとんどは『富岡市は無駄なモノばかり整備するようだけど、強く反対してください』という内容です。

みなさん、スケートボードパークや新野球場の整備には、本当に疑問を抱き、市の財政について心配しているようです。

いくら市長が『必要だから整備する』と言っても、大人の事情で賛成する議員は過半数を超えましたが、そんな事情は関係ない市民の方々からすれば、圧倒的に反対多数でしょう。

『市長は賛成している市民が多いと思っているのでしょうか?』と質問されたときは、『もちろんそう思っているから整備するのだと思います』と答えさせてもらっていますが、それを聞いた方々はみなさん、呆れたような表情をなさるというか…

2期目の3年目の予算編成で、市民のみなさんの思いも、財政の基本的なことも理解できていないように見える状況では、何を申し上げても、どうにもならないのかもしれませんが、健全財政重視派の議員としては、おかしいものはおかしいと、言い続けていかなければなりません。

それが市当局のチェック機関である議会の役目ですので。

でも、それを忘れているような議員さんが多いのも、困ったことと思えますが…





〔義ビューライドが本日開催されました。

参加者数は500人ほどでした。

ランニング大会でこの人数ですと、少ない感じになりますが、自転車の大会ですと、賑やかな感じになります。

名簿を見ますと、9割以上は群馬県の方々でしたが、首都圏のほうからいらっしゃった方もおられたようです。

大会の雰囲気は、写真でご覧ください。















5月18日(土)
^譽竜榁楼茲鼎りセンターのオープニングセレモニーが行われ出席しました。

素晴らしい五月晴れの中、大勢の方々で、大賑わいとなりました。

公民館から、地域づくりセンターに替わったわけですが、今の段階では、まだ大きな違いはなさそうな印象です。

ただ、公民館の時は、社会教育施設という位置づけだったため、法律の様々な制約がありましたが、これからはそれがなくなりますので、以前よりも様々な使い方ができるかと思われます。

具体的には、営利目的の使用も、内容によっては認められるようになります。

関心がある方は、地域づくりセンターにお問い合わせください。











5月17日(金)
^貳娘遡笋梁莪貪弁を昨日いただきました。

なので今日は、再質問を作る必要があり、結構時間がかかると思っていました。

ところが、原稿を書き始めましたら、あっけなく再質問ができてしまいました。

今回取り上げている内容は、財政についてと、さくら小学校についての2件です。

どちらについても、日頃から当局の進め方や、市長のお考えについて、伺いたいことが多数ありましたので、再質問はそれをまとめただけで完成してしまいました。

6月定例会では12人の議員が質問しますが、各議員が何を取り上げるのかは、まだ分かっておりません。

ただ、財政についての質問は、私を含めて2人とのことです。

今年度の予算の採決では、賛成と反対がほぼ同数で拮抗していました。

なので、もっと多くの議員が財政についてを取り上げるのでは、と思っていましたが、ちょっと想定外となりました。

非常に問題が多い予算が可決されてしまいましたので、私は、富岡市の未来に懸念を抱いております。

今年度のような財政規律を失ったと思える予算がもう数年続けば、富岡市の財政はひっ迫というレベルではなく、危機と言えるような状況になってしまうように思えます。

32億円の残高の財政調整基金を、今年度は15億円も取り崩す予定です。

そうなると基金残高は17億年ほどですが、そうなると、年間6億円ペースで3年間、基金を取り崩すとすれば、3年目は残高が足りないという恐ろしい事態になってしまいます。

このような状況でも、市長は問題ないとお考えで、9人の議員も予算案に賛成しました。

健全財政重視派の議員からすれば、『こんなことをやっていれば、富岡市は財政破綻に向かってしまうのでは?』と思わざるを得ない状況です。

これからの10年間は、財政運営が非常に難しくなるのは確実と思われます。

人口は減る、出生数も大幅に減る、市税収入もどんどん減っていく、なのに予算を回さなければならない事業は減るどころか増えていく傾向にあります。

富岡市の財政について、ある程度理解していれば、だれでも分かることなのですが、どうも市長も過半数を超える議員も、そのことに対しての認識が甘いように思えます。

もしかすると10年先までいかないうちに、今のままでは、一気に市の財政が傾いてしまうような事態になるかもしれません。

傾くところまでは行かなくても、どこかの段階で、お金がないのでこれもできません、あれもやりません、の連発になるのは確実と思えます。

日本を代表する著名な建築家が設計した庁舎を建てたのは、まだ数年前ですが、こんな状況になってしまうのだったら、もっとお金のかからない地味な庁舎にすべきだったのでは?

時代の先を読み誤った可能性が高そうです。


5月16日(木)
”找甘楽地方議会議員連絡協議会の総会が、南牧村で開催されました。



また、総会後には、元環境大臣の鴨下先生を講師としてお迎えした研修会も行われました。



鴨下先生は、政界を引退されておられますが、医学博士という立場から『万病のもと、ストレスとどう付き合うか』という演題で、大変有益なお話をしていただきました。

ストレスは免疫に悪影響を及ぼすので、ストレスの管理が重要。具体的な対策としては、『ひとりごとを言う』、『肩に力を入れて上げてから下げる』、『人に話す』などの方法を、分かりやすく説明していただきました。

大変勉強になった研修会でした。

また、その後、今年開校した『なんもく学園』の視察を行いました。

なんもく学園は、南牧小学校と南牧中学校が義務教育学校として一つにまとまった学校です。

校舎の中は、以下の写真のような状況ですが、すごくオシャレで、この学校なら、都会の不登校の子どもたちを山村留学のような方法で受け入れすれば、かなり来てもらえるのではないでしょうか。









富岡市では、学校の適正規模を目指すという方針から、小さな小中学校はすべて廃校にする予定ですが、それは確実に地域の衰退を進めることになると思えます。

学校にかかる予算の削減にはなるでしょうが、なんもく学園を見ましたら、妙義地区の妙義小、高田小、妙義中をこのような義務教育学校として残すことも一つの方法ではなかろうかと感じました。

『学校を維持していくのはお金がかかるので統廃合を進めますが、スケートボードパークや新野球場、中高瀬観音山遺跡歴史公園は基金を取り崩してでも、どんどん整備を進め、住みたいまちナンバーワンを目指します』というのが、市長のお考えなのでしょうが、出るのは失望のため息ばかりという市民の方々が多いのでは?

議会も半分以上が、その市長の考えに賛成したのですから、どうにもなりませんが、富岡市のこの先を考えると、健全財政重視派の私には大きなストレスになってしまいそうですので、今日の鴨下先生のお話の、ストレス解消法を早速使ってみようかと思います。



5月15日(水)
午後は議会事務局に出かけ、一般質問の準備のため、予算特別委員会の会議録の確認に出かけました。

予算特別員会の会議録は、ネットで公開されますが、今年の3月の会議録は、まだ準備段階でネットでは見ることができません。

そのため、印刷物の会議録を見に出かけました。

あの時に、市長はどのように話したかが大変重要ですので、しっかり読んでまいりました。

また、その後、イワイスポーツさんに出かけました。

突然ですが、バスケットボールを買うためです。



もみじ平のコートで、中高生がバスケットボールコートで、シュート練習などをしているのを見ていたら、中学、高校時代を思い出して、もう一度バスケットボールに触れてみたくなったような次第です。

野球場の周りを、週一の頻度で軽く走っていますが、最近ちょっと単調気味に思えたので、別の運動も取り入れてみたくなったような感じです。

今やらなければ、永遠にすることはありませんので、人生最後のバスケットボールになりそうですが、昔やっていたスポーツをもう一度やるというのは、なかなかよろしいのではないでしょうか。





仝畫庵罎鰐義ビジターセンターに、今後の運営について、ちょっとした提案をするために出かけてきました。

行きましたら、バスが駐車場にあり、見ると嵐山町と記されていました。

嵐山町は、東武東上線で寄居から池袋に出かける人ならお馴染みの埼玉県北部の町ですが、視察でも来ているのかと思いましたら、水彩画を描くグループのみなさんがいらっしゃってくださったようです。





また、中のカフェコーナーも、平日の昼間の時間帯なのに、混んでいました。



ふるさと美術館の時よりも、利用する方が大幅に増えて本当に良かったです。

すごく活気が出てきた感じがします。

富岡市を代表する観光施設として、さらに盛り上がるよう、様々な提案をしていきたいと思います。




5月14日(火)
仝畍紕兄から開かれた高田小学校の再編に係る説明会に行ってきました。

参加者は12人でした。



しかも、そのうちの2人は議員(私も含めて)で、もう2人はどこかの学校の職員風の方でしたので、実際の参加者数は8名ほどという感じでした。

また、市側の説明の後に設けられた質疑応答で、ご意見を述べられた方はお二人で、現在の高田小のPTA会長さんと、前会長さんのお二人でした。

このような状況でも、反対の意見は出なかったことから、妙義小との統合を進めるための前段階である適正配置協議会が設置されることになりました。

市は令和9年に、高田小と妙義小の統合を目指しています。

今の市の計画では、妙義小がなくなり高田小で統合する予定です。

実は昨日、妙義小で説明会が開かれました。

私は出席できませんでしたので、どのような意見があったのかは分かりませんが、妙義小から見える妙義山は素晴らしいので、もったいないようにも思えます。

そしてさらに、令和15年には、さくら小(一ノ宮・吉田・丹生の3小学校の統合によりできる新小学校)と統合する計画です。

ちなみに、昨年度生まれた子どもさんが小学校1年生になるのが令和12年度ですので、そこまでの高田小の児童数の見込みが資料にありました。


6年後には、高田小の総児童数は、83人から40人へと半分以下になるとのことです。

『子どもが減るのはどうしようもない、なので学校を統合する』というのが、市の基本的な考え方ですが、統合すれば、その先の少子化に歯止めがかかるのなら統合も意味があると思えますが、市は若い世代の人口を増やす努力をしているようには見えませんので、統合した後も子どもの数は減り続けて、最終的には、ゼロに近づいていくのではないでしょうか?

地域のみなさんが、そのことを理解した上で、統合を進めるほうがいいというのでしたら問題ありませんが、とてもみなさんが理解しているようには思えません。

昨年、丹生地区では生まれた子どもはゼロでしたが、小学校が廃校となる地区では同様の方向に進まざるを得ないのでは?

もっと長期的な視点で、物事を考えて進める必要がありますが、財政調整基金の半分近くを取り崩して、スケートボードパークや新野球場、巨大公園の整備をすることが今の富岡市に必要と考える市長ですので、それを望むのは難しいのかもしれません…

5月13日(月)
∈廼瓠⊃澗,鯢造狄佑多いように思えます。

血管が詰まったため、カテーテル手術を行い、血管を開くためにステントと呼ばれる金属の管を入れる方の話を頻繁に耳にします。

ちょうどネットで調べごとをしていましたら、心不全の解説が出ていましたので、それを紹介いたします。


心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、徐々に悪化することで、生命を縮める病気です。

そして心不全には、様々な症状があります。

・今までできていたことで息が切れる
・動悸がする
・急に体重が増える
・夜間頻尿・寝ると苦しくなり、起きると楽になる
・むくんでいる・食欲が落ちる・お腹が張る
・疲れやすい
・最近手足が冷える

何か当てはまるものがあって心配ならば、一度お医者さんに診ていただくことも必要ではないでしょうか。






_箸諒劼鼎韻鬚靴泙靴燭蕁∧射線測定器が出てきました。

2011年の東日本大震災直後に、何とか手に入れた品です。

あの頃は、放射線量が連日注目を集め、自分の家の周辺はどうなのか、みなさん気になっていたかと思います。

そんな中、国内の化学メーカーが急遽、簡易的な放射線測定器を製造、販売し、それをやっとのことで1つ手に入れたような記憶があります。

今振り返りますと、あの時の世の中全体に漂っていた恐怖感、不安感は一体なんだったのか不思議に思えますが、人間はわからない物事に対しては、大きな恐怖感を抱いてしまうことだけはよく分かりました。

今日、久しぶりに電池を入れて、室内で計測してみましたら、『0.08マイクロシーベルト』との結果でした。



もう10年以上前のことなので、震災直後の数値をはっきりとは覚えていませんが、確か0.1を少し超えるくらいだったのでは?

なので、当時よりは少し低くなっているように思えました。

東日本大震災の放射線、さらには新型コロナ感染症と、この10年ちょっとの間に、国民に大きな恐怖感を抱かせるような出来事が続きました。

これから再度、この測定器が大活躍するようなことはないかとは思いますが、国民の恐怖感を利用して、大きな利益を上げたような人たちもいることを考えますと、本当にどちらも、そこまで恐れる出来事だったのか疑問にも思えます。



5月12日(日)
…8時半から、もみじ平の陸上競技場で開かれた、富岡市民スポーツ大会オープニング大会の開会式に行ってきました。







各地区ごとに入場行進しましたが、妙義町のほうは、高田地区と妙義地区に分かれているのではなく、妙義地区という地区名で参加していました。

二つに分けると、選手を選ぶのが大変という事情が、おそらくあるのでしょう。

人口が多いところと少ないところで、二極分化してきましたので、この地区対抗で行うスポーツ大会は、近い将来、今のままの運営は非常に難しくなりそうです。

今日の入場行進を見ても、子どもさんや若い方々の割合は低く、高齢者の方々が多いように思えました。

最近、富岡市内で赤ちゃんを見る機会がすごく少なくなっている感じがしますが、この状況は大変困ったことです。

ところで、もみじ平の売店の前を通りましたら、何年も前から傷んでいて修繕が必要な状況だったウッドデッキは、まだ直っていないことに気づきました。



財政難で修繕の費用を捻出するのが難しいことは分かりますが、スケートボードパークや野球場、中高瀬観音山遺跡歴史公園には、貴重な基金をどんどん取り崩して整備を進めるというのに、なぜ、観光客が多数利用する売店の補修工事くらいのことが何年もできないのか、非常に疑問に思えます。

市長の方針なのでしょうが、全く理解ができません。


5月11日(土)
―気烹渦鵑曚匹良囘戮如△發澆己燭韮毅襭蹐曚彪擇走っていますが、昨日の夕方、野球場の照明を見上げましたら、明かりに多数の虫が引き寄せられているのが見えました。



寒い時期には、虫など見ることはありませんでしたが、季節の移り変わりは早いように思えます。

これから夏に向かうわけですが、6月の夏至を過ぎれば、日暮れが早まり始めますので、そうなると今年も後半に入り、また一年が終えてしまいます。

それをあと数回か数十回か繰り返すと、自分の寿命も尽きるときがくると考えると、人の一生は短いものということが、65歳になってよく分かるようになりました。

でも、私たちの世代は、冷静に分析すれば、日本の歴史の中でも最も幸運な人生を生きることができた世代になると思えます。

昭和33年生まれで、戦争の話は周囲の大人から聞いて育ちましたが、再び戦争になることはなく、日本の奇跡の高度経済成長を体験しながら大きくなったわけですので、どんどん暮らしが便利になり、活気があふれた世の中も経験できました。

今の30歳以下の人と、60歳以上の人では、同じ国で人生を過ごしてきたとしても、まったく内容が違うのでは?

1980年代の日本は、それこそ様々な産業で、世界一を争っていたどころか、日本の企業どうして世界一を競っていました。

平成元年の企業の世界時価総額ランキングでは、1位はNTT、2位は日本興業銀行、3位は住友銀行、4位は富士銀行、5位は第一勧銀、6位はIBM、7位は三菱銀行、8位はエクソン、9位は東京電力、10位はロイヤルダッチシェルでした。

世界全体の企業のランキングで、日本は上位10社中7社を占めていたわけです。

まだ、35年前のことです。

それが今や、上位10社に入る日本企業はゼロで、日本で1位のトヨタ自動車でさえ、40位くらいなのでは?

バブル崩壊があったとはいえ、これほどの短期間でここまで没落した国は、人類の歴史の中でも、おそらく他にはないように思えます。

こんな話を若者にしても、信じてもらえないかもしれませんが…

今、日本には多数の外国人観光客が押し寄せていますが、それは日本の物価が異様なほど安いからというのが大きな原因でしょう。

つまり、国力の低下とともに円の価値が下がってしまったということです。

以前なら、東南アジアあたりの国に行けば円が強かったので、あらゆるものが超激安状態であったのが、今や逆の方向に向かってしまい、東南アジアの観光客が日本に押し寄せ、『日本は何でも安い』と思われているのではないでしょうか。

なので、外国人観光客が多くなったことなど、本当に喜んでいいものなのか疑問です。

また、さらにこれから円安が進めば、外国人労働者が日本には来なくなるでしょうし、それどころか日本の若者が海外に働きに出て、日本の実家に仕送りするような時代が来る可能性もあります。

岸田総理は、外国に出かけるたびに、お金をバラまいてきますが、日本はもはや、経済大国であった時代はとっくに終わっていることに気づいていないように思えます。

国の政治家が、世襲議員とテレビで顔が売れているような方々ばかりですので、この先も、どんどん没落の方向に進まざるを得ないのでしょうが、100年後には、日本はどうなっているのか、考えるだけで絶望感が漂ってしまいます。

経済の知識がある方なら、この国の未来は『非常に危うい』ことに気がついていると思いますが、国政の舵を取る政治家の方々が、国の未来よりも自己保身と自分の利益を優先しているようでは、どうにもならないのかも?

私の年代なら、人生が終わる頃には、日本は没落しても、まだ先進国の最後尾くらいにはいられるかもしれませんが、今の子どもたちは、これから大変な世界を生きていかなければならない可能性が高そうです。

あまりいろいろ書きますと、みなさん暗いお気持ちになってしまうかもしれませんが、今の政治に対して、『こんなことじゃ、この国はつぶれてしまうぞ』という疑問を持つ人がもっと増えませんと、気づいた時には、『ゆでガエル』のようになっていたということになってしまうのでは?